2012年3月26日月曜日

人気の西海岸




昔は静かな漁村が今ではノルウェーやスウェーデンの金持ちのサマーハウス。海の近くか海が見えれば小さな50平米の家が1億円以上。これは海岸に沿った土地に新しい家を建てることは禁止されているためで、現在建っている家を買わざるをえないのです。また、買い取った家の外装を変えることも禁止されている為、内装をモダンにして住みます。漁村はどんどん滅び、住民は出来るだけ家を高く売り他の土地に移っていく。その為に夏が終わるとわずかに残る住民は苦労をする。病院や買い物全ての施設は人口が減った処からとっくの昔になくなり、サマーハウスとなった家々は夜は真っ暗、それでも生まれ育った場所から移りたくない人々がどの島にも何人かいる。台風がないスウェーデンでは海岸はのどか、とにかく海の近くに住みたがる。住み始めた頃ボートを持っている人達が多いのには驚いた。しかも、ごく普通の人たちがヨットやモーターボートを持っている。タクシーの運転手、学校の先生、大工さん等。この西海岸は大小さまざまな島々が散在しており、夏にはオランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェーからのヨットが多い。非常にユニークな西海岸,Göteborgから1時間で到着、後は海岸線を走り夕日を眺め日帰りできます。お勧めコースです。

2012年3月16日金曜日

度胸があった70年代の移民対策



年間10万人の移民を迎えるスウェーデンのこの頃、国民の態度は大分彼らに対して冷ややかになってきた。1千万人に満たないスウェーデンの総人口に毎年10万人(約2万人はスウェーデン人が外国より戻る、又永住ビザが何人に出されるか)の移民は確かに多い。私が住み着いた頃は、『何処から来たの?』『日本?行ってみたいわ』会った人達は実に好意的であった。ところが、やたらに移民が多くなったこの頃は、『又移民か』という顔をされる。
70年代のベトナム戦争のあと、難民避難所に集まった難民達の多くはアメリカが引き取り、その他の国々も手を差し伸べたが、老人や病人のいる家族は残されてしまい途方に暮れていた。スウェーデンは特別機を用意して、彼らを引き取った。その中には何人かの出産間じかの妊婦や重病人が混じっていた。デンマークのコペンハーゲンに到着した時には、彼等のために、スウェーデンから何台かの救急車が出迎えに出た。そしてフェリーでスウェーデンに入ってきた難民に ’’ようこそスウェーデンに” のプラカードを持った人達が優しく出迎え、何と度胸のある素晴らしい国とスウェーデンを誇りに思ったものでした。
今は ’’移民出て行け’’ のプラカードが目立ちます。

2012年3月12日月曜日

人名番号



銀行、病院をはじめ何処に行っても最初に聞かれるのがこの人名番号、そして "ID カード" の表示。例えば銀行に行った場合、窓口に ID カードを提出すれば万事OK. 色々と書き込むこともなく『口座を閉めたいのですが』『はい、分かりました。』出来た書類にサインをすれば終わり。病院でも同じ事。名前より人名番号を聞かれ ID カードを提出すれば『11時にヨハンソン先生ですね。』また、検診後処方箋は薬局の方に直接に行っているので、スウェーデン中の薬局で出してもらえる便利さ。常用剤は1年分を年4回に分けてもらうが、旅行で薬が切れたらその土地の薬局に ID カードを表示すれば一目瞭然、すぐに出してくれる。転居して最寄の病院に行っても、"ID カード" を提出すればカルテがそこにあり、新しい医師につく事ができる。1947年に設定されたこの人名番号と "IDカード" システム。全てが簡単。日本では管理されているようでいやだとの声が多いとか。後ろめたいことをしていなければこんなに安全で簡単なシステムはありません。

2012年3月6日火曜日

抜け出したいスウェーデンの冬



住み着いたスウェーデンは、私の性格に合っていてあまり文句がありません。でも、8月の末になると暗く寒い秋を迎えるのかと思うと、気分が沈んでしまいます。働いていた時はあまり感じなかったのですが、さすがに定年になり毎日家にいるとなると毎日の天候は気になります。多くの友人達は、南スペインやマジョルカ島、キプロス島、キャナリア諸島に3ヶ月から6ヶ月行ってしまいます。我々は娘の住むサンディエゴに2ヶ月間の予定で来ていますが、何と気持ちの良いことでしょう。友人の中でも暗い秋や冬を好む人もいます。文化活動に参加したり、一緒に編み物をしたりして楽しんでいます。でも、吹雪で風が強い日などは、聴きたいコンサートがあっても出て行く気になれないのです。昔は9月になると手袋をして歩いたものですが、地球温暖化でこの頃は10月の半ばごろまで何とか過ごしていけます。そして、スウェーデン人は何ヶ月も先の夏を待つのです。そしてやってきた夏があいにく寒い日の多い夏で雨、風で日本の冬のジャケットを着て歩く、、、。海は17度~19度。4週間の休暇を別荘で。その内の3週間が待っても待っても太陽にめぐり合わず、最後の週をスウェーデンより抜け出してギリシャに。よくある例です。

2012年3月1日木曜日

忘れらない言葉



79年の事。日本から姉と彼女の友人達がスウェーデンにやってきた。姉にとっては3回目の来瑞。それではスウェーデンから出ましょう。フェリーでデンマークに渡ればあとは束縛されず、西に南に特に目的なしに9人乗りの車でヨーロッパの田舎を走り回る事ができる。ホテルは、毎日いきあたりばったりで何とか見つかった。ところがオーストリーに入って、夜9時過ぎになってもペンシォンもホテルも見つからず、最後の望みで入った村でも満室と断られ途方に暮れていた所、中年の女性が通りかかり『泊まる部屋がないのですか?』と近付いてきた。我々の事情を聞くと、『私の家は子供が5人いたので部屋があるのでどうぞ』こちらは、我々の子供2人プラスもう一人12歳の子供、おとな6人の9人団体。しかも我が旦那を除いては全て日本人。彼女が天使に見えました。朝起きると朝食の支度が出来ており頭が下がりました。宿泊代を台所に置いて出たら、『インスブルックで美味しいお昼でも食べなさい』と返してきた。そして彼女は  『我々の19歳になる息子が今オーストラリアで一人旅をしていて、きっと誰かにお世話になっていると思います。そのお返しがあなた達に出来てこんなにうれしいことはありません。』  何とおおらかな考え方をする人でしょう。  この言葉はそれ以後私の脳裏に刻み込まれたままです。

2012年2月27日月曜日

Sorry ! ! !


今我々は娘の住むアメリカに来ていますが、どこに行っても ”Sorry" と子供も大人も軽く言います。これはアメリカばかりではなく外国に出た時に感じることです。スウェーデンでは子供の口からなど殆ど聞かれませんし、大人でもあまり使いません。外国でちょっと前を通り抜けるだけでも ”Sorry" "Sorry"実に感じの良いものです。スウェーデン人は、お前がそこに立っているから前を通らなければならない、だから別に ”Sorry" という必要がない。その点は解りませんが、とにかく ”Sorry" は、あまり聞かれません。

2012年2月24日金曜日

学校生活



寒いスウェーデンの冬を抜け出し、娘の住むカリフォルニアのサンディエゴに来て1ヶ月が経ち、孫の学校生活を共にし、非常に日本と共通点が多いことに気がつきました。スウェーデンとはあまりに掛け離れています。小学校4年の孫は鉛が入っているような重いリュック。山の様な宿題、毎日2時間はかかります。そして毎日のランチ作り、学校のランチは ( 有料 ) その上ひどく殆どの生徒は持参。学校までの送迎、PTAが活発でしょっちゅうお呼びがかかる。スウェーデンではランチは高等学校まで無料で学校で支給、家から持参するものなどは殆どない。とにかく楽でした。80年代に日本で生活していたスウェーデン人の家族が、日本の学校の規則が厳しく帰ってきてしまいましたが、話は『体操着の袋を作ったら寸法が違うから寸法どうりに作り直してくるように』 スウェーデンでは体操着が入れば何でもよし、スーパーの袋でも良い。又子供の遠足に持参するランチがあまりに質素とクラスのお母さんが次の遠足の時の差し入れをしたとか。スウェーデンでは遠足にはハムとチーズのサンドイッチにりんごとジュース位で簡単。共稼ぎの国なので日本のお母さんが作るような豪華なお弁当は考えられないのです。今このアメリカで娘の子育ての大変さに、私はスウェーデンで決められた枠に入らずに子育てが出来たことは貴重な経験でした。

2012年2月19日日曜日

サンボ(Sambo)とは?






『僕のサンボのアンナです。』 『私のサンボのステファンです。』 これは『僕のワイフのマリアです』
『私の主人のエリックです。』と同じ様に使いますが、サンボは同棲しているカップルの事を言います。ここスウェーデンでは、同棲は公式に認められており、結婚しているのと同様に扱われます。結婚式の招待、国王主催の晩餐会の招待も受けます。子供が3人いても結婚せずにサンボのままでいるケースが結構あります。サンボという言葉はスウェーデン語で同棲という言葉を略したものです。但し、結婚している家族と違う点は、どちらかが急死した場合、遺書、あるいはサンボ法による書類を申請していなかったりすると、遺産は亡くなった方の家族にいってしまったりします。北欧ではサンボというのは普通ですが、他のヨーロッパの国々では、まだここまでは自由ではありません。又、スウェーデンでの出産率の5割はサンボでの出産。他のヨーロッパ諸国では約1割。サンボで日本に派遣されたカップルが何かと結婚していないと日本はやりずらく結婚せざるをえませんでした。と、ある友人が語っていました。ここでは、プリンスやプリンセスまでサンボ生活をしています。形式や伝統にこだわらないスウェーデンの生活ぶりです。

2012年2月16日木曜日

スウェーデンの田舎の家々






大都市といっても人口の少ないスウェーデンでは、20分もドライブすれば直ぐにのんびりした田園風景がみられ、ボックスのような赤い家々が点在しています。その中でも特にこの鍵穴の玄関は目に付きます。スウェーデンのナショナルロマンティック時代が忍び寄る感じです。

2012年2月13日月曜日

ヤングの性生活





あらゆる面で革新的で自由主義なスウェーデンのヤング達のセックスデビューは早い。73年生まれの娘は、小学校の5年生の時に男女の性器についての教育をうけ、中学校では完全なる性行為の教育を受けた。
中学生になり性に目覚めた子供達を正しく導くことが目的。ガールフレンドが出来ると親は『コンドームを忘れないように』といって、親達は異性が出来たらセックスをするのは当たり前と思っています。

スウェーデンはどの家庭も共稼ぎで、学校から帰ってきても家はがらんど。彼らは自由です。親にとっても子供達が家にいてくれるほうが安全と思っています。
いつの間にか泊り込むようにもなり、親は息子のガールフレンドを認め息子もガールフレンドの家に泊まったりで、それからはその家族と一緒に過ごす事が多くなります。

まだ、日本がセックスに対して閉鎖的であった頃、日本からの使節団の方達は、スウェーデンはフリーセックスで町の中あちこちでセックスをしていると勘違いしている方達が多く、通訳をしていた友人からおもしろい話を聞きました。

『ホテルの裏が公園だったので、夜、覗きに行ったら、おばさんが犬を散歩させていただけ、皆どこでセックスしているの?』

『バスストップやベンチでセックスしていると聞いてきたけど以外に風紀が良いね』等、誤解がひどすぎます。
ヤングは公園や車の中でセックスをする必要がないのです。一番安全な場所でしているのです。