2012年10月27日土曜日

84歳のイタリア人が作ったカルボナーラ




たまたま知った84歳の生粋のローマっ子が 「今日は僕がカルボナーラを作るよ」 との事。我々の大好物。パンチェッタがなくベーコンで、、、  ”フライパンでベーコンをオリーブオイルでかりかりに炒め、茹でたスパゲッティに混ぜ合わせる。そして、お皿に卵の黄身を置き、その上にベーコンを混ぜたスパゲッティを。あとはペコリーノ又はパルメザンチーズ、粗削りの黒コショウ、(塩)は、テーブルに置き、自分達で好きなように混ぜるのみ” いとも簡単、その上さっぱりしていて最高に美味しい。
炭焼人(カルボナーラ)の手に付いた炭が落ちたら、このようになるのではないかというので、黒コショウを混ぜる。

2012年10月25日木曜日

小鳥の餌








寒くなるとあちこちの家の庭に小鳥の餌箱が置かれる。我が家もピーナツを買い食卓の窓際においてある。朝はそのピーナツをとんとんと小鳥が砕く音で目が覚める。餌は、その他ひまわりの種が人気。我が家のお客様は小鳥が約15羽、大きいのは25cmぐらいのが夫婦でやってくる。
色々な小鳥を見ながらの食事は、暗い冬の楽しみのひとつです。

2012年10月15日月曜日

スウェーデンならでは





森と湖の国。何処を走っても湖 また 湖。快晴の朝コーヒーを沸かしサンドウィッチを作り湖畔で
朝食を。気温は10度、手が冷たくなるほど。でも、美しい景色と小鳥の囀りを聞きながらの朝食は最高に気分のいいものです。

プラストパパ (プラスティックパパ)とは!!






離婚率の多いスウェーデンで、母親が結婚した相手 ( 継父 ) をプラストパパ(プラスティックパパ)という。同じようにプラストママ(プラスティックママ)。子供達は1週間ごとに母親と父親の間を行ったり来たりの生活で、子供達も意外と割り切っている。このプラストパパの代表的なのが、お隣のノルウェーの皇太子が結婚した相手は未婚の母で、皇太子は彼女の子供のプラストパパという訳です。左側に立っている男の子が皇太子妃の連れ子です。”プラスティックは化学的に合成した物、本物ではない” ということから。

2012年10月4日木曜日

ユダヤ人の家族





80年代にユダヤ人の家族と親しくなった。始めて招待された時は何がテーブルに並ぶか興味があった。当時の私のユダヤ人についての知識は豚肉は禁止、特別な畜殺方法での肉類コーシェル位。ところが、禁止は他に肉類と乳製品、魚類と乳製品は一緒にしない。その為に食器類は全て別。鍋、フライパン、ナイフ類が別々に3種類ずつ。洗うのも分けて洗う。見せていただいたキッチンで驚いたのは、サイズの違う鍋、フライパンが山の様、開ける棚には皿類がお店のようにぎっしり、引き出しはナイフ、フォーク、スプーンで、その他の料理に必要道具も3っつずつ、肉用、魚用、乳製品、に分けられている。 『子山羊をその母の乳で煮てはならない』 との事から。この家族とは今でも頻繁にお付き合いをしています。

2012年9月28日金曜日

御茶漬けでよいのですが、、、、、





70年代には、日本スウェーデン協会がよく日本の使節団や、スポーツ選手団などを協会メンバーの家に招待した。我が家も入れ替わり立ち代り日本人が訪ねてきた。ホームステイ 又は食事に。食事はスウェーデン的なお料理で御もてなししても ”御茶漬けでよいのですが、もらえませんか?”  ”醤油ないですか?” 中にはローストビ-フを ”これ甘辛に煮て牛丼みたいにできないですかね” これは冗談と受け取ったが、御茶漬けとお醤油は本気らしかった。私は66年に始めてきた時のスウェーデンの食事が気に入り、90日間日本食を食べたい等思った事もなかった。ところが、日本人はたったの1週間の旅でも日本食が恋しいのでした。これが普通なのかも。その時は思いやりがなかったと悔やんだものでした。お茶はあっても古いし、ご飯はないし、混ぜるものもなし~~~~ それに食べた事もない。何かそれに代わるものは???何か日本的な食べ物がひょいと出てくるのを期待している日本人達を見ると、スウェーデン食を並べた事に後悔した。

2012年9月26日水曜日

知事の住宅とは ??・

















第二の都市ヨーテボリには珍しい3階建ての集合住宅がある。1800年代後半人口が増えだし市外に労働者用の集合住宅が必要となった。石での3階建ては高価、木造は火災予防を考え2階まで、その上不経済。そこで考え付いたのが、一階を石で、そして2階、3階を木造での案がでて、長い討議の末、当時の知事が建築許可を出した。それからこれらの住宅は ”知事の住宅” と 呼ばれるようになった。又、ヨーテボリ以外の町にもある。中にはナショナルロマンチック的な建物もあり 昔が偲ばれる。

2012年9月22日土曜日

スウェーデンのシナモンロール








スウェーデン人に欠かせないコーヒータイム。住み着いた頃は、11時と夜7時にシナモンロールにスポンジケーキそしてクッキーがセットで出され、私にとってはどれも甘すぎて苦しかった。ところが数年経つと自分で焼きだすようになり、美味しいと思うようにもなった。
特にスウェーデンのシナモンロールはカルダモンの香りが何ともいえない。ヨーテボリの旧市街のハーガにあるCafé Husarenに数年前より、とてつもないジャンボのシナモンロールがお目見えして話題を呼んでいる。

2012年9月16日日曜日

スウェーデン一の銀行の頭取は女性






アニカ ファルケングレンは1962年生まれ、43歳の時に(2005年)一番大きな銀行(SEB)の頭取に就任。2008年の年収は約3億2千万円(当時の換算)、その上大企業の理事として活躍。世界ビジネスウーマンのトップ10に入っている程。スウェーデンでは、出来るだけ大企業のボスに女性を置く政策に力をいれている。

2012年9月15日土曜日

外国から養子、養女を





66年にスウェーデン人が韓国から養女を引き取った際、東京で3日間お世話をした。その7ヶ月の女の子はスチュワーデスに連れられて日本に到着、23歳だった私は幼児の世話などしたことがなく、姉に手伝ってもらい、何とか3日間を無事に済まし、スチュワーデスが引き取りに来た時にはほっとした。3日間、’’何故肌の色の違う子供をわざわざ韓国からもらうのだろう” ”この子供はどの様な扱いを受けるのだろう”  ”スウェーデン人はこの子の出生は気にしないのだろうか”  ”一体スウェーデン人とは” 等の疑問が次から次へと出てきた。そしてその夏にスウェーデンを訪れる事になり、引き取った家族と面会した時に、2歳から10歳までの男の子が4人ぞろぞろと出てきて、ご夫婦は『どうしても女の子が欲しかったので』との事。兄弟達も新しい妹を大事そうにしていたし、ここには一切拘りはなかった。素晴らしいと思った。韓国以外にインド、エチオピア、ナイジェリア、そして現在は中国が圧倒的に多い。我が娘が連れてきた始めてのボーイフレンドは、エチオピアからの養子で明るいハンサムのホテルのコックさんでした。