2012年11月23日金曜日

スペインの食事時間












暗いスウェーデンを離れ南スペインに来ていますが、食事の風習がスウェーデンとは違い、戸惑う事が多い。アパートを借りているので殆ど家で食事は作っていても、たまには本場のパエヤ、タパスを食べたくレストランへ。遅い食事のスペインなので8時半にでかけるが、まだ準備中。9時きっかりにオープン、入り口のバーを通り抜けてテーブルに。テーブルに席をとったのは我々のみ。バーはぎっしりと人が入り一杯飲んでいる。食事が食べ終わってもまだ、我々のみが、ぽつんとすわっているのみ。そのうちに二組がグラスをてにしたまま着席。10時半。一体どうなっているのでしょう。早く食べたい時は観光客が行くレストランに行かざるを得ない。外国に出て、まず避けたいのが観光客用のレストラン。でも、スペインでは普通の時間に食事をしたいときには無理は言っていられません。

2012年11月21日水曜日

結婚式の服装






70年代は多くの結婚式に招待された。まず義兄の結婚式。”何を着ていこう”戸惑っていた矢先、先方から”着物は着てこないでね”との事。勿論小規模な結婚式なので着物などは着ていくつもりはなかった。義姉になる彼女からの電話で私は一瞬驚いた。彼女は着物姿の私にゲスト達が注目してしまうのを恐れたと言う訳。それから何回となく出席した結婚式のゲスト達の服装は、日本とは大分掛け離れていた。当時は生地は木綿や化繊何でもよし、デザインに重点を置いている感じでした。勿論結婚式の規模によりけり、イブニングドレスの結婚式には絹のドレスも見られましたが、やはり、そこでもデザインが重点でした。スウェーデンの結婚式で避けなければならないのは、黒一色、白一色のドレス、そして花嫁より目立つ服装です。結婚式は夏が多いので明るいきれいな色が圧倒的に多いようです。

2012年11月15日木曜日

暗いスウェーデンから明るい南スペインに







11月のスウェーデンはつらい。一日中どんよりと暗く憂鬱な毎日。そこで定年族は冬の間を南スペインで過ごし、春にスウェーデンに帰ってくるというパターンが年々多くなっている。又、多くの定年族は何年後かには移住してしまう。南スペイン(太陽海岸)には約5万人のスウェーデン人が冬を避けてきている。特に身体障害者には最高。どの町も海岸線は素晴らしく広い歩道が何キロも出来ており、日光を浴びながら車椅子で。外国に移住する人々は、決して高額所得者とは限らず、ごく普通の人達が殆ど。生活費はスウェーデンの半分位で賄えるし、太陽は思う存分。特にゴルフ狂にとっても最高。冬はプレイが不可能なスウェーデンを離れ南国でゴルフ三昧。我々も移住はともかく、せめて冬を南国で過ごせたらと試しに一月ほどこの太陽海岸にやって来た。人々は親切、その上、全てにかけて安い。暖かく日中は暑いぐらい。参考までに32日間で50平米のモダンなアパートが4万5千円也。快適です。

2012年11月6日火曜日

スウェーデン人とローソク

















1966年に始めてスウェーデン入りした時に、まず着いた先は主人の家族の別荘。7月初め昼食の支度ができており、きれいなナフキンに野花、その上ローソクが3本点されていた。
当時の日本の家庭ではローソクは停電した時ぐらいしか使わなかったが、ここでは日中の食卓にローソクを。確かにダイニングルームは北に面していて少し薄暗い。天井からはかわいい電気がぶる下がっていたが、点けずに最後までローソクだけ。分からなかった。夕食の時も(夜7時は白夜でまだ明るい)又新しいローソクに、翌日の朝食もまたローソクで。私は ”よっぽどローソクが安いのか” と、思ったぐらい。何処に呼ばれても同じ事、コーヒーテーブルにもローソクが点され、
そのうちにローソクなしの食事などは考えられなくなった。特に暗い冬の北欧のインテリアとしてローソクは欠かす事が出来ません。


2012年11月2日金曜日

万聖節








11月の最初の土曜日にスウェーデンでは人々は教会、墓地を訪問し、ローソクを点けて亡き家族、友人の霊を弔う。カトリックの諸国では、11月1日が諸聖人の日、2日が死者の日で多くの行事があるようだが、ここスウェーデンは信仰心は薄く、一般人は墓地に飾りとローソクを点けに行くぐらいだったが、最近は万聖節に因んだコンサート等も多くなった。