2014年1月27日月曜日

LAGOM(ラーゴン)とは?







スウェーデン人が誇りに思っている言葉 ’LAGOM' ( ラーゴン)。
日本語では ’ちょうどよい” 暑くもなければ寒くもない、大きくもなく小さくもない。
『世界中でスウェーデンだけにある一語で表現出来るんだよ』
『日本にもある?』
どれだけの人達に聞かれた事やら。とにかく、日常会話に欠かせない言葉です。

2014年1月22日水曜日

シスターケント ! シスターグスタフ !






1953年にスウェーデン初の男性看護婦誕生。現在では約8パーセントが男性看護婦。
スウェーデンでは男性、女性問わず看護大学卒で看護婦の資格を得た者は ’看護婦’ と呼ばれる。ここでは看護婦のステイタスは高く我々の周りに6人いる。日本では看護婦さんと会ったのは病院のみ。スウェーデンに住んで、改めて医療関係に従事する人が多いことに驚かされる。

2014年1月17日金曜日

いきなり路面に







20年前、50歳で運転免許を取得する事に決心。最初のレッスンは指導員の車に便乗、交通の少ない道路で席交換。
『あの~何も知らないのですが』
『大丈夫!左のペダルをそーっと踏んで、右足でアクセルペダル、ギヤーは1にして、、、、、、は~いスタート。』
最初のレッスンでは20メートル位走って終わり。とにかく、いきなり路面には驚いた。
それから4ヵ月後に、北国ならではの滑る車の運転テスト、筆記テストを終え、最後に本番のテスト。2度目に合格。この日は宙に浮いた気分でした。
叉、教習所に行かずに家族や友人に頼んでもOK! その場合は、車に最後の写真のようなスティッカーを付け、指導する人はスウェーデンで5年以上の運転経験を要求される。

2014年1月9日木曜日

スウェーデンの推理小説は今ヨーロッパで大人気














2005年にスティゲ ラーソンの『ミレ二ウム』が世界中でベストセラーになり映画化された。ハリウッド版も出来ジェームス ボンド役のダニエル クレイグが主演で登場したほど。
三巻からなりどれも大ヒット。
60~70年代には『刑事マーティン べックシリーズ』が日本でも出版され人気を得た。
90年代にはヘ二ング マンケルの南スウェーデン イースタドの『刑事ヴァランデル』シリーズが出版され、テレビシリーズも出来ヨーロッパで大人気、BBCはケネス ブラナー主演でテレビシリーズを作成した。
ヘ二ング マンケルは世界各国から賞を得て、彼の本はスウェーデン社会を描写、移民排斥、人種差別等に焦点をあてた重みのある小説で人気がある。尚、彼は2007年に印税の2億円以上をモザンビクの ’SOS子供の村’ に寄付したり、後進国援助、平和に力を注ぐ活動家です。

2013年12月31日火曜日

何をしていますか?







『どちらの大学ですか?』『どちらをお出になりました?』この類の質問は殆どない。
ここでは出た大学より『何をしていますか?』『どの様なお仕事ですか?』に重点がおかれる。
皆自分のしていることに自信をもっているので、どの様な仕事でも恥じる事はない。
何年前に出た大学や何年も前に働いていた事より現在何をしているか。
ある時日本の使節団の男性が
『何処でご主人と知り合ったの?』
『文通で』
『英語が出来るとは津田ですか?僕の家内も津田出身でしてね~~~』
このような道理に合わない発言がでるとは。私の英語はひどいもの、勝手に津田と決め付けるとは!
スウェーデンに住んでよかったと思うのがこの様な時です。

2013年12月24日火曜日

専業主婦はなくなった






70年代主婦であった私は、近所の人達から『何で働かないの?』『スウェーデン語がまだ出来ないし、、、』『学校に行けば?子供は預けられるし、お金まで貰えるのよ』なかには申請書まで用意してくれる親切な人がいた。スウェーデンでは出来るだけ女性が外で働く事を薦めていた頃。確かに一人の給料では苦しくなり始めた頃で、何かをと思案中ではあった。
その上、パーティで会うと必ず『何しているの?』『主婦です』『何で??』全く不思議だという顔をされた。掃除婦でも何でもよいから、働けばよいとのこと。スウェーデンの女性では学業をマスターしたら働く事、専業主婦などは考えられない。
結局、私もサンリオの店を開く事に。いつの間にか日本人の友人達も全て働き出し、専業主婦は消えてしまった。現在、都市では専業主婦はゼロの状態。

2013年12月18日水曜日

スウェーデン人は気さく







主人が日本スウェーデン協会の秘書をしていた頃、新任の日本大使が第二都市のヨーテボリを訪問した際、土地の知名人、大会社の社長(ボルボ、SKF 等)を招待した。会長が出席不可能な時には我々が代理で出席。何と私の隣はよくテレビニュースにでるボルボの社長。着席に椅子を引いてくれる優しさ、『スウェーデン何年になるの? 住み易い?何してるの?』質問攻めに,これがスウェーデン!と感じた。あまりクラスの差がなく気さく。その代表的なのが国王。上記の写真は女性の知事が国王を迎えた際、ごく自然に。あとは国王ご夫妻のオリンピックでの応援。

2013年12月14日土曜日

離婚率










娘が小学校の時のクラスは21人、その内約半数は親が離婚していた。1980年の事。
1831年に登録された離婚は95組。1974年、1975年に離婚率はピークに。それは離婚法が簡潔になった為。殆どの離婚は結婚後3年~4年後に、2008年には離婚率の平均は結婚後12年。現在は年間4万組が結婚、2万組が離婚を。

2013年12月10日火曜日

ドライブにはサンドイッチ、コーヒーを持参















”やっと着いた景勝地でランチを”とは日本での事。ここでは景色の邪魔で何も無いことが多い。
ハイウェイを走っていれば勿論フードアレアがありドライブインが。ドライブを愉しみたい時は、ハイウェイは避けたい。そこで、あちこちに休憩所が設けられていて、人々は持ち合わせたサンドイッチと魔法瓶のコーヒーを。トイレやインフォメーションもあり、急ぐときなどは便利。なかにはバーベキューの出来るように薪が用意されていることがある。又トイレが無いときには森の中で。スウェーデンでは極あたりまえの事です。

2013年12月4日水曜日

男児出産、最初のプレゼントはピンクのタオルと、、、、、





結婚後16ヶ月目に男児出産。1970年4月、早速主人の大学時代の女友達からプレゼントが到着。開けてビックリ!ピンクのタオルにピンクのベービー服(レスラーが着ているような)。主人にまず文句、『男の子と言わなかったのでしょ?』主人考えた末『彼女は男女平等活動家なので、これは当たり前の事かな』着せてみたら、何とよく似合いその後は頻繁に着用。
当時の日本は男尊女卑の国としてスウェーデンに知られていた。彼女は私にスウェーデンの男女平等を教育しようとしたのでした。息子が中学に入ったころは(80年代の始め)男の子がピンクの洋服を着用するのが流行しはじめ、何の違和感もありませんでした。