2015年3月12日木曜日

春が来た、太陽が、






今年の冬は暖冬だったが、太陽が殆ど出なかった。そして、3月のある日
太陽が、、、人々は至るところで日光浴!




2015年3月9日月曜日

日本の擬声語は便利








最近、足と腕がピクピク動くので医師を訪ねたが、うまく適切な言葉が出てこない。日本語は語彙、表現方法が豊富、翻訳された本を読む度に思う ”この原文はいったいどの様に書かれているか?”  と。
そして外国にない擬声語!  テクテク歩く、がつがつ食べる、 しとしと雨が降る、ピンピン、ポカポカ、ざわざわ、ガンガン、切りがない。日本語は素晴らしい。

2015年3月6日金曜日

バルト海で一番大きな島ゴットランド












ゴットランドの世界遺産の町ヴィスヴィは、12~13世紀にハンザ同盟国の交易の港として栄えたが、14世紀にデンマークに敗れ衰退した。
町は中世の面影を残し、3kmの城壁に囲まれ多くの史跡が残る美しい町。
本土から約100km、島は縦170km、幅50km、人口5万8千人で、そこに何と約100の中世期からの教会があるのは有名。
又 ’エコ アイランド” として環境に積極的に取り組んでいる。島には風力発電パークがあり、約100の風車が回転している。
島の電力の21パーセントは風力発電で賄い、自然環境の保全に努力している。

2015年2月26日木曜日

年間36クラスルームを増加










毎年第二都市ゲーテボリに到着する難民の内、登校を必要とする生徒数は
約900人、半数は移民が圧倒的に多い郊外に配置されるが、そこは既にクラスルームが足らず2部制を開始している程。
25人のクラスで20ヶ国語、スウェーデン人はゼロというクラスも多い。
どの様な教育システムなのか
教師達の苦労は?これからもシリア、ソマリアの難民は増える一方。
年間36のクラスルームの増加、母国語教師、スウェーデン語教師の増加等々。
難民の子供達は勝手の違う国でも、それぞれ目標を目指す子供と、
難民同士のギャングに加わり、悪にはしる子供も多い。

2015年2月14日土曜日

キッコマンの卓上瓶のデザイナー死去








こちらの新聞のニュースで ”キッコマンの卓上瓶のデザイナーが死去” と報道された。日本の食料品は皆無に近かった60年代に手に入った貴重品、キッコマン醤油。何軒かあった中華料理店のテーブルに置かれたあの瓶が、世界的に有名な工業デザイナーの作品とは!
誰もが感じる、注ぎ口がつまることなく、飽きることのないモダンデザイン、そしてスウェーデンのどのスーパーにも置かれている。又、ニューヨークの近代美術館に永久保存されている程。工業デザイナー栄久庵憲司氏は、その他に数々のロゴマーク、大阪万博、成田エクスプレス等を手がけた。このスウェーデンでニュースになったのは以外であり又誇りに思った。

2015年2月7日土曜日

懐かしい里帰りのお土産








1968年の12月に住み着いて1971年の暮れに一歳の息子を連れ始めての里帰り!
お土産は何を?選んだものは日本には無く機能的な日用品。
それらは、バターナイフ(削る様にしてパンに塗る。) 布巾(当時の日本の布巾は小さな手ぬぐいで水の吸収が悪かった。此処のは麻やコットンの厚い生地で吸収力があった。) たわし(見た目にもよし、使いやすかった。)
この3点をセットにして友人、親戚に配ったが皆 ”これ何” キョトンとした表情!しかも半分がっかり!
北欧帰りにはガラス器、素敵なアクセサリー、人形を期待していたかも。値段的には当時は円が安く、”これがそんなに高いの?” と、驚く値段だった。
ところが、次回の里帰りの際、これらの注文が殺到した。









2015年1月31日土曜日

イスラムからキリスト教の牧師に






アナヒタはイスラムのイランから亡命し、2009年に48歳でスウェーデンの神学校を卒業し牧師に。
彼女は18歳で結婚し翌年男児出産。幸せに満ちた日々は僅か10日間。夫は交通事故で亡くなってしまう。イランでは4人の妻を娶る事はあるが、未亡人は最下位のランクで先は真っ暗。ところが、ある日同じ境遇で身体障害の女児を抱えた男性とめぐり合い結婚をしたが、翌日から悪夢の様な生活が始まった。 過酷に苦しみ、3ヵ月後には離婚の申し立てを裁判所に。それに対して夫は離婚を取り下げないと”石打ちの刑になるように計らう”と脅迫。震え上がった彼女は仕方なく元に戻る。
この頃イランの政情が悪化し家族は人身密輸に頼み国外に脱出を図るが、トルコ国境で捕まり刑務所に。その後国連の援助でデンマークに亡命するが夫の暴力は悪化するのみ、”もし、逃げた場合は追いかけ皆殺しにする”と脅迫されるが危険を感じスウェーデンに亡命し最後に辿り着いたのが修道院。そこで彼女は平和を見出し久しぶりに祈る様になるが、アラーでなくイエス キリストに。

2015年1月21日水曜日

彫刻家 シャロット ジレンハンマル








1963年生まれ、95年に31歳の若さで第3都市マルモの芸大教授に任命されるが半年で辞任。
彼女のセンセーショナルな作品は、立ち止まらずにはいられない強烈な何かがある。現在はスウェーデンとニューヨークに住み作品の製作に励んでいる。
毎年近代美術館にて、オノ ヨーコ主催のニューヨークで活躍するミュージシャン、芸術家達を集めてのパーティにも招待されている程。
尚、彼女の父親は元ボルボ社長。
(最後の写真はスウェーデンの英雄、ラオル ヴァレンベリ。第二次世界大戦
で10万人のユダヤ人をハンガリーからスウェーデンに救出したが、ソ連に拉致され未だに不明)(2番目の写真はストックホルムの繁華街に木を逆さにつるしただけ)

2015年1月18日日曜日

アニタ エバーグ












アニタ エクバーグがローマの郊外の自宅で亡くなった、83歳。
今の若い人達には馴染みが無いかも知れませんが、スウェーデン生まれの1960年代のグラマー女優。
1951年にミスユニバースのスウェーデン代表として渡米、ミスにはならなかったが、ハリウッドからの誘いで、モデルや映画に出演。
1960年にイタリアのフェリー二監督の『甘い生活』でマストロヤンニと共演し、一躍花形スターとなった。この映画で彼女がトレビの泉に黒いドレスで入っていくシーンは有名。その後はイタリアに移住して亡くなるまでイタリアで過ごした。晩年は糖尿病がひどくなり、その上経済的にも大分苦しかったようです。
彼女が出演した映画の一部に 『戦争と平和』『甘い生活』『ローマの旗の下に』『ボッカチオ』『インテルビスタ』等。
先日テレビの番組でアメリカの若い人達に ”サミー デビス ジュニアを知っていますか?”ディーン マーティンは?”殆どが首を振ったのには年代の差をつくつ”く感じました。

2015年1月13日火曜日

好きな町 エクショー EKSJÖ


























ストックホルムから約300キロ南西にある人口1万人足らずの小さな町エクショー。最初に訪れた時に歴史が200年戻ったような錯覚を受けた。古い石畳、スウェーデンの昔の映画に出てくるような、木造建築の家が犇めき合って建っている。このエクショーは1300年代に裁判所もどきが実存していたとか。1403年に町が、既に1200年代からの教会を拠点に形成された。現在残っている木造建築は1600~1700年代から。これらの木造建築は文化遺産に定められている。又1602年には学校が設立された歴史的な町で、町全体がミュウジアムです。