2013年12月31日火曜日

何をしていますか?







『どちらの大学ですか?』『どちらをお出になりました?』この類の質問は殆どない。
ここでは出た大学より『何をしていますか?』『どの様なお仕事ですか?』に重点がおかれる。
皆自分のしていることに自信をもっているので、どの様な仕事でも恥じる事はない。
何年前に出た大学や何年も前に働いていた事より現在何をしているか。
ある時日本の使節団の男性が
『何処でご主人と知り合ったの?』
『文通で』
『英語が出来るとは津田ですか?僕の家内も津田出身でしてね~~~』
このような道理に合わない発言がでるとは。私の英語はひどいもの、勝手に津田と決め付けるとは!
スウェーデンに住んでよかったと思うのがこの様な時です。

2013年12月24日火曜日

専業主婦はなくなった






70年代主婦であった私は、近所の人達から『何で働かないの?』『スウェーデン語がまだ出来ないし、、、』『学校に行けば?子供は預けられるし、お金まで貰えるのよ』なかには申請書まで用意してくれる親切な人がいた。スウェーデンでは出来るだけ女性が外で働く事を薦めていた頃。確かに一人の給料では苦しくなり始めた頃で、何かをと思案中ではあった。
その上、パーティで会うと必ず『何しているの?』『主婦です』『何で??』全く不思議だという顔をされた。掃除婦でも何でもよいから、働けばよいとのこと。スウェーデンの女性では学業をマスターしたら働く事、専業主婦などは考えられない。
結局、私もサンリオの店を開く事に。いつの間にか日本人の友人達も全て働き出し、専業主婦は消えてしまった。現在、都市では専業主婦はゼロの状態。

2013年12月18日水曜日

スウェーデン人は気さく







主人が日本スウェーデン協会の秘書をしていた頃、新任の日本大使が第二都市のヨーテボリを訪問した際、土地の知名人、大会社の社長(ボルボ、SKF 等)を招待した。会長が出席不可能な時には我々が代理で出席。何と私の隣はよくテレビニュースにでるボルボの社長。着席に椅子を引いてくれる優しさ、『スウェーデン何年になるの? 住み易い?何してるの?』質問攻めに,これがスウェーデン!と感じた。あまりクラスの差がなく気さく。その代表的なのが国王。上記の写真は女性の知事が国王を迎えた際、ごく自然に。あとは国王ご夫妻のオリンピックでの応援。

2013年12月14日土曜日

離婚率










娘が小学校の時のクラスは21人、その内約半数は親が離婚していた。1980年の事。
1831年に登録された離婚は95組。1974年、1975年に離婚率はピークに。それは離婚法が簡潔になった為。殆どの離婚は結婚後3年~4年後に、2008年には離婚率の平均は結婚後12年。現在は年間4万組が結婚、2万組が離婚を。

2013年12月10日火曜日

ドライブにはサンドイッチ、コーヒーを持参















”やっと着いた景勝地でランチを”とは日本での事。ここでは景色の邪魔で何も無いことが多い。
ハイウェイを走っていれば勿論フードアレアがありドライブインが。ドライブを愉しみたい時は、ハイウェイは避けたい。そこで、あちこちに休憩所が設けられていて、人々は持ち合わせたサンドイッチと魔法瓶のコーヒーを。トイレやインフォメーションもあり、急ぐときなどは便利。なかにはバーベキューの出来るように薪が用意されていることがある。又トイレが無いときには森の中で。スウェーデンでは極あたりまえの事です。

2013年12月4日水曜日

男児出産、最初のプレゼントはピンクのタオルと、、、、、





結婚後16ヶ月目に男児出産。1970年4月、早速主人の大学時代の女友達からプレゼントが到着。開けてビックリ!ピンクのタオルにピンクのベービー服(レスラーが着ているような)。主人にまず文句、『男の子と言わなかったのでしょ?』主人考えた末『彼女は男女平等活動家なので、これは当たり前の事かな』着せてみたら、何とよく似合いその後は頻繁に着用。
当時の日本は男尊女卑の国としてスウェーデンに知られていた。彼女は私にスウェーデンの男女平等を教育しようとしたのでした。息子が中学に入ったころは(80年代の始め)男の子がピンクの洋服を着用するのが流行しはじめ、何の違和感もありませんでした。

2013年11月29日金曜日

ボーナスパパ,ママ、子供、両親






離婚の多いここスウェーデンは、別居した両親の間を子供達は一週間おきに行ったり来たりの生活。子供達にとって実父の新しい奥さんはボーナスママであり、実母の新しい主人はボーナスパパ。そのボーナスママ、パパの家族はボーナス両親、姉、妹、兄、弟。子供達は割り切っていて、クリスマスや誕生日のプレゼントが増えると自慢したりもするほど。以前はプラスト(プラスティック)パパ、プラスト(プラスティック)ママと称されていたが(本物では無い事から)、現在は殆どがボーナスを使用。
但し呼ぶときには、実母、実父以外は、ママ、パパとは呼ばずに名前で呼ぶ『マリアン!カール!』と。

2013年11月22日金曜日

スウェーデン生まれのイタリアンスタイルデザート "ジノ”






80年代にストックホルムのレストラン”PA&CO”後に”ジノ”で発祥。大切なことはイタリアンカラーで作ること。
1、オーブンを250度に。
2、イチゴ、キーウィ、バナナ(りんご、なし)を5ミリ位に切り天火用の皿に並べる。
3、ホワイトチョコレートの粗すりをフルーツの上にかける。
4、オーブンで約10分、チョコレートが溶けるまで。
簡単で美味しいデザート、お試しください。

2013年11月18日月曜日

スリッパはありませんが









 日本と同じ様にスウェーデンは靴を脱ぎ室内履きに履き替える。但し、友人に招待されたり、夕食会に招待された場合は靴を持参。日本の様にスリッパは並んでいません。外用の靴で室内を歩く事は失礼にあたる。特に冬は雪道だったり、夏は犬の糞などを踏みつけている可能性あり等から。
こちらに在住していた日本人の家族が、中年のスウェーデン人御夫妻を招待した際に、スリッパを勧めたが、スウェーデン人夫妻は持参した靴に履き替えた。日本人夫妻は、このしきたりを知らなかったのか、’どーぞ、どーぞ” とスリッパを差し出したが、素敵な黒のドレスにマッチした靴を履いた夫人はピンクのスリッパを嫌がり、最後にはっきりと『ノ~』と答えたとか。
全ては’臨機応変’若いママさん同士で会う時には、這っている子供を踏んでは大変、靴は履かずにソックスです。





2013年11月11日月曜日

大蔵大臣のポニーテイルがある日突然!!!!








2006年に38歳で大蔵大臣に就任した際、国民は "あれっ!!” と思った。ポニーテイルにピアス!!
だが、容姿にあまりこだわらないスウェーデン人は、眉をひそめることもなく特に話題にもならなかった。EUの中でも大蔵大臣として敏腕で常にトップに評価されている。つい最近のニュースでインタビューを受けていた彼のポニーテイルがなくなっていた。さすがのニュースキャスターも笑顔で彼のニューヘアースタイルを付け加えた。ピアスはまだ付けているとか。

2013年11月7日木曜日

テトラパックはスウェーデン生まれ












1966年にスウェーデンに初めて訪れた時、ミルクが紙容器でスーパーに並んでいたのには驚いた。日本ではまだミルクはびんで売っていた時代。それが1951年スウェーデンのルンド市で設立された国際企業 ”テトラ パック”。1946年にルーべン ラウジング博士のアイディアを具体化した三角パックとして始まり、52年にクリームの100mlが販売され、1963年にレンガ型のブリックタイプが出始め現在に至る。紙容器の充填包装システムでは世界最大企業、170カ国で事業を展開し、年間売り上げは111億5500ユーロ。

2013年11月1日金曜日

彼を紹介されると思ったら何んと彼女だった!





主人のいとこ会があり、一年ぶりに会ったいとこに、
「下のお嬢さん元気?ボーイフレンドと別れたのは去年だったけど、まだシングル?」
「シングルではないけれど、相手はアイルランド人で月1回の逢瀬よ」
「彼のことあなた達は気に入ったの?」
「彼ではなく彼女なの、とても素晴らしく、理知的で申し分ないのよ」
極普通に語るいとこ、解放的なここスウェーデンでは世間体は気にすることなく、何でもさらっと
友人に語れる気楽さ。子供もこの様な親を持ち幸福です。
一番上の写真は有名歌手とジュエリーデザイナーのカップルです。

2013年10月21日月曜日

子供手当金








1948年に所得に拘らずに支払われ始めた子供手当金制度は今でも同じ。
現在は一ヶ月一人1050クローナ (約16000円)、
二人の子供がいる家庭には2100クローナ(約32000円)但し2人目の子供には
150クローナ(2200円)が加算、
3人目には604クローナ(9060円)が加算、
子供が6人いる家庭には1050x6=6300+4114クローナ(約62000円)が加算で合計
10414クローナとは約 16万円が毎月支払われる。
子供が16歳になると支払いは直接子供に支払われ、彼らのカード生活が始まる。この時点で
子供達の家庭内での独立も始まる。この場合2ヶ月の夏休みは支払われないので、彼らはアルバイトをする。親におねだりは殆ど無し。この16歳以上に支払われる手当金はまず、親と同居、高等学校に通う、未婚であることが条件です。

2013年10月12日土曜日

親の扶養義務は高校卒業迄










親の子供に対しての扶養義務は18歳迄(但し20歳でも高校に在学中の場合は親の義務)。それからは働くなり、ローンを借りて大学に入るなり独立生活が待っている。又子供も親を養う義務はない。勿論それは経済的な面でも年老いた父母の世話をすることもない。未亡人になり、わずかな恩給で生活が苦しくても市がアパートの家賃を負担したり、生活費の援助はしても、息子、娘達には援助の義務はない。冷たいと感じるかも知れませんが、親も子供の世話になるつもりもないし自分達で余生を楽しむこつを知っている。個人社会ですが、意外と家族の絆はかたく、旅行や食事を共にしたり、お互いの誕生日を大事にする国民です。

2013年10月4日金曜日

フェミニスト達のプロテスト











ある日突然スウェーデン各地の銅像が、フェミニスト達によってピンクで飾られた。理由はシンプル。彼ら曰く ”殆どの銅像は男性、たまにある女性の銅像はヌードが多い” 性差別に反対、男女平等です。

2013年9月30日月曜日

キルナ市が移転を












スウェーデンの最北地のキルナ市は1800年代からの鉱山の街で良質なスウェーデン鋼の産出で有名。その鉱山の深さは現在1350メートルで、鉱脈がキルナ市の中心に迫ってきた為に市が陥没を避けるために移転せざるをえない。
その対象になっているのは、市の中心に存在する有名な教会、市庁舎、キルナ駅、アパート、民家等。新しく建つ3千戸の集合住宅や2百戸の住宅には、この10年から20年の間に人々が移り住むことになっている。世界で稀な街の引越しです。
キルナ市は夏の2ヶ月は日の沈まない白夜、冬の2週間は(12月)極夜で真っ暗。16キロ離れた処には ”アイスホテル” が、そして商業宇宙旅行の実現を目指している "スペースポート スウェーデン” もある。そして驚くのが6千の湖に囲まれていること。

2013年9月17日火曜日

EU中で一番貧乏が少ない






スウェーデンはルクセンブルグと並びEUの中で一番貧乏が少ない国で、それは国民の約1パーセント。一番多いのがブルガリアで44パーセント。平均で9パーセントがEUでの貧乏。この場合の貧乏とは、生活に必要な9項目の内最低4項目しか支払い能力が無いこと。例えば電話、電気、水道、家賃に電気関係の必需品(TV,冷蔵庫)、また一週間の休暇に行くことが出来ない事などが含まれている。

2013年9月10日火曜日

ルチア役応募開始





毎年12月13日は ”ルチア祭”。今年も9月6日よりルチア役の応募が始まったが、今年の
ヨーテボリ市の応募規定は18歳以上で歌に自信のあることのみ。今まではルチアの役は美人コンテスト的であった。毎年最終審査に残った何人かの顔写真が大きく飾られ、市民達が投票した。以前は白人、長髪、金髪がお定まりのようだったが、近年では髪の色や肌の色は気にしなくなった。彼らの仕事は、老人ホーム、病院の訪問、又、ショッピングセンター等で "サンタルチア”やクリスマスキャロルを歌い寄付を募ったりする。今年の応募者は歌をアイフォンで送り、同時に口だけの写真を送ること。話題になること間違いなし。
ルチア祭とは聖ルチアの命日12月13日に少女達が白い服を、頭にはローソクを飾り、昔の暦では一番暗い冬至で、明るくなるのを臨んでいるが如くの神秘的家庭的なお祭りです 


2013年9月2日月曜日

3,6.9,12月の第一月曜日の午後3時はサイレンが







町中に響き渡る何ともぞっとする様なサイレンが3,6,9,12月の第一月曜日の午後3時に。これは警報のサイレンの音のテスト。このサイレンが指定された月曜日の午後3時以外に鳴った時は危険が近くに。サイレンの鳴り方にも色々あり、戦争、ガス漏れによる大事故、大規模な火災によって違うが、緊急を要する時に ”えーっとこのサイレンは?” 等、言っている場合ではなく、まず家の中に、そして換気口、窓、ドアを閉めラジオを聴く。そのうちに約30~45秒の長いサイレンが再び鳴ったら危険オーバーということです。

2013年8月26日月曜日

外国の隠し財産ウエルカムホーム








数年前より始まったスイス、ルクセンブルグ等の金融機関が、顧客情報を提示する義務が強いられてから、摘発される前に自発的にスウェーデンに隠し財産を戻す人々が続出。自発的に国に戻すならば、対象になるのは過去5年間の税金を何とたったの10パーセント払うだけでよい。スウェーデンは脱税で刑務所行きはよくあること。おかげで国の台所は潤い、脱税者も安眠が出来る。隠し財産の半分はスイス、20パーセントがルクセンブルグに。昨年の税務局の余禄は対象額の10パーセントで約130億円とか。